↓わたしたちについて

「あげるっていっても形はそんなよくないんだけどねぇ」
そう言われたけど、もらえるだけでありがたい。
ミカンってどんだけあっても困らん気がするのは私だけか。
あのミルクボーイのネタで言ってほしい。
「ありがとうございまーす!今、ミカンを大量にもらいましたー」
「こんなん、なんぼあってもいいですからねぇ」
こどもの頃あたりまえに食べていたミカンは、今は高級品になった気がする。
スーパーで見かけたって、値段を見ると気軽に手は伸ばせない。
買うとしても、だいたい市場で安売りされてる時くらいだ。
そのミカンを食べきれないからくれる、という。
どうやら友達の実家から大量に送られてきたらしい。
その言葉に甘えて、ありがたく自宅に向かうと、差し出されたのはなんと箱に入ったデコポンだった。
デコポンってあのデベソの、大きめの柑橘類。
ゴツゴツした外見のわりにはめっちゃ皮が剥きやすいアイツ。
それも、たぶん2㎏くらいあるやつ。

ミカンやないやん。いや、おおまかにはミカンやけども。
「え、えぇ~」っていう、先方にうっかり誤解されそうな声が思わず漏れた。
違うんよ。
いい意味で、想像を越えてきての「えぇ~」なんよ。
デコポンって買おうと思ったら高いんよ。
それをよう「形が悪いけど」なんて気まずそうに言えたもんやな。
胸張って「デコポンいらんけど、食う?」って言っていいやつやんか。
「こんなにいいん?」
「こんなあっても食べきらんし」
「なんかごめんねぇ…。ありがとう」
へこへこと赤べこみたいに頭を下げまくって、私はデコポンを持ち帰った。
私よりも喜んだのはくまちゃんである。
「うまい、うまい」
気が付くといつも、あのオレンジ色の球体を片手に口をモグモグさせている。
「ジューシーやねぇ」
「皮剥きやすいわ」
皮のことばっかり言ってるなって思うよね。
でも柑橘類って皮が剥きやすいかそうでないかって、結構重要じゃない?
そんな友達、なんとそのあともまたくれた。
神か。
デコポンって生産者でもない限り、人生においてそんな食べんよね。
そんな友達のご厚意をきかっけに、私たちはすっかりそれのとりこになったわけで。
どれくらいとりこになったかというと、くまちゃんが「デコポンわけあり品」をネットで定期的にポチるようになったくらい。
そんなデコポンの話―ではなくて。
まだ続きがある。
デコポン友達に気軽に会えなくなったのは、その年の春だ。
私たちは転勤を機に引っ越してしまったからだ。
いやぁほんと悲しいわ、デコポンもうおすそ分けしてもらえないなぁなんて…
残念がる必要はなかった。
なんとくまちゃんの転勤先、デコポン生産地でしたー---。
だいたいスーパーに行けば売ってるし、ちょっと田舎のほうに行けば旬の時期に手が出しやすい価格で箱売りされている。
ラッキーじゃん。
それもまた縁かなぁなんてめっちゃ都合のいいように解釈していたら、引っ越しして2か月後、お迎えできる柴犬の子犬が見つかった。
前もって名前決まっとけば、血統書にその名前入れれますけん。
ぷっくぷくのまだ顔がまっくろな柴犬パピーをモフっていたら、ブリーダーさんにそう言われた。
もう決まっとるん?
と、ブリーダーさん。
くまちゃんがちらりとこちらを見る。
もう、決まっていた。
引っ越す前から、もし柴犬を飼うならって……それはそれはなんとなー--くぼんやり決めていた名前がある。
「でこぽん…です」
「でこぽん!?」
一瞬の間。
たぶん、ミカンやると言われて急に大きめのデコポン差し出された時の私と同じくらいの、一瞬の間。
そう、「思ってたのと違うやん」という名の間。
やばい。もっと日本の天然記念物らしい名前にせないかんかったか…?
黒柴やし、名前に「黒」入れるとか…?
でこぽんのお母さんも「ミカン」やしですねぇ。
万事休す。
不穏な間を嗅ぎ取ったくまちゃん、すかさずフォロー。
うまいこと言うやん、夫よ。
そうやん、この子の母犬、「ミカン」ていうんやった。あとで知ったけどな。
ていうか、そうでなかったらどうフォローしてたん。
ベタすぎるけど、まぁナイス。
カブらん名前やしねー--!と、アッハハーとブリーダーさんは明るく笑ってくれた。
そう、カブらないってのがいいんです。
ホッとしたのもつかの間、血統書は漢字表記になるんでっていうことで、後日漢字を決めて電話することになった。
漢字はくまちゃんとファミレスでいろいろ検索して決めた。
でこぽんの「で」は「出」一択しかなかったし、「ぽん」も「椪」しかないので、自由に決められるのは「こ」だけだった。
運ばれてきたハンバーグプレートをつつきながら考えに考えた結果、私たちは「琥」を選ぶことにした。
黒柴の力強くてかっこいいのと、優美な雰囲気を込めたかったからだ。
漢字の直接的な意味は「虎の形をした宝石」らしい。
それをブリーダーさんに伝えると「なるほどねぇ」と、おもしろそうにしている声がかえってきた。

そういうわけで、愛犬でこぽん(通称ぽんちゃん)の血統書名は「出琥椪」に決定。
普段は「でこぽん」とひらがな表記。
ひらがなのほうが、なんだか柔らかい感じがしてかわいいから。
ドッグランで名前を聞かれて答えると、たいてい聞き返されるこの名前。
狙い通りに、とまでは言わないが、わりと覚えてもらっていることが多く、会ったことのない柴っ子にも「もしかして…でこぽんちゃんですか?」と言ってもらえるくらいだ。
ちなみに義母は「デーコちゃーん」と呼ぶ。

そんな(どんな)我々KUMA夫婦が、目に入れるくらい愛してやまないぽんちゃん。
阿部広太郎さんの書籍、「心をつかむ超言葉術」において「I LOVE YOU」を今のあなたなら何と訳しますか?という問いがある。
そのまま「愛しています」とか、有名なのは夏目漱石の「月が綺麗ですね」とか。
今の私ならこう言ってみよう。
“スーパーの鶏肉コーナー、絶対見ちゃうんだよね。”
そこでじっと吟味している女がいたら、私かもしれない。