
横浜流星主演で映画化される「線は、僕を描く」について解説してみました。

あらすじ
両親を事故で亡くした青山霜介。大学1年生。
喪失感で生きる気力さえも失っていた頃、
友人に頼まれて、展示会の設営アルバイトにやってきた。
設営監督の西濱という男に会場を見ていくよう勧められ、そこへ向かうと1人と老人と出会う。
―「水墨画だ」
会場に展示してあった水墨画を老人とひとつひとつ見て回る霜介。
作品を感想を老人に話していると、彼は当然霜介を内弟子にすると言い出した。
老人の正体は実は大芸術家の篠田湖山で、しかも霜介は篠田の孫娘と湖山賞をめぐって勝負することになる。
水墨画を通して命と向き合い、青年が自分の輪郭を得るまでのストーリー。
レビュー
青春の王道たるテーマ
精神的に瀕死状態の青年がたまたますごい人に出会って、気に入れられて狭き門に入れるという設定は青春ストーリーの王道のように感じました。
それは少年ジャンプの世界観に近しいもの。
圧倒的ラッキーボーイみたいな。
悲壮感にあふれたガリガリの大学生を、芸術家の大先生が気に入るもんなのか…!?
と疑問でしたけど。
覇気がない!!シャキッとせえ!
とか言ってキレられそうだけど。
職人気質の人ってそんなイメージ。
水墨画界は優しい人が多いのかもしれない。
なので、そういう世界観が好きな人には入りやすいストーリー展開かもしれません。
霜介の感性レベルが異様に高い
これまで触れたことのない、いわゆる「初見」の水墨画に触れた霜介。
そんな彼が述べた感想に正直違和感を抱きました。
19歳の感性にしてはレベル高すぎじゃなかろうかと思ったのです。
「綺麗」とか「なんかわかんないけどすごい」なんてものじゃなく、
そんなに作品の感想を言語化できるんだ…っていう違和感です。
墨で描かれた薔薇の画の感想を聞かれて、霜介は以下のように答えます。
「(中略)この絵はあまりの黒が……この赤が白を食ってしまっていて、白と闘っている感じがします。
すごくひたむきで強いんだけれど、画面から飛び出してしまっているくらい凄いんだけれど、赤しか見えない。何処か入り込めない。何かがそれを遮っている。何かが足りないのか、ありすぎるのか」
―「線は、僕を描く」砥上裕將|講談社p24
いや、玄人かよ。
ってツッコミたくなりませんか。
「食ってしまって」とか感想で言っちゃうの…。
まったくの水墨画初体験のはずなのに、彼はすでに墨で描かれた薔薇の画に「赤」を感じているわけです。
すごすぎクン。
しかも、大芸術家ともいわれる篠田湖山先生に
「ほう、凄いね。まさしく、慧眼だね」
と言わせてしまいます。
ないだろ、普通。
普通じゃないのが、エンターテインメントなんでしょうけど。
にしても、圧倒的主人公感がスゴイ。笑
両親を亡くした背景があるから(真っ白になったことがある、という表現を霜介はします)、そんな視点をもつことができたのでしょうか。
本作では霜介の喪失感について触れるシーンが多くありますが、
その喪失感によって、モノクロの世界で描かれた「命」に対する感受性がより鋭くなるのかもしれません。
まだストーリーが始まって25ページ目なので、もう少し素人感があってもよかったのでは…と個人的には思ってしまいました。

才能について矛盾を抱く
兄弟子の西濱が才能とは特別なものではなく、ごく自然にそこにあるものだと霜介に話します。
絵師もなりたくてなるんじゃなくて、絵を描きたくて仕方のない人がなっているもんだと。
…といっているわりには、青山霜介が天才的すぎる。
トントン拍子で水墨画のコツを掴んで、先生の言っている本質をきちんと捉えて技術を身につけていきます。
もう少し師匠や兄弟子とのふれあいや対話があってからの、水墨画へのアシストがあってもよかったのかなと。
西濱がせっかくいいキャラクターなので、もっと彼と関わって活き活きとしていけばよかったのになぁと物足りなさを感じました。
湖山賞の勝敗は、霜介は特別賞という結果で破れるわけですが、
篠田湖山の孫娘である千瑛はこう言います。
「お祖父ちゃんも翠山先生も本当は、あなたに湖山賞をあげたかったのよ。なんとなくそんな気がするわ。技術では確かに、私があなたよりも上をいっていると思う。でも、水墨の本質に、命そのものに、より深くぎりぎりまで近づけたのはあなたのほうよ。(以下略)」
―「線は、僕を描く」砥上裕將|講談社p313-314
大先生のもとで何年も修行している孫娘より、たった1年ほどで本質を見抜くなんて…
天才にもほどがある。
序盤で西濱の言った「ごく自然なところ」にある才能の意味って、
描くのが純粋に楽しくて好きで、自由に描いて、そう自然にしているなかに才能はあとからついてくるもの―
そういう意味合いだと思っていたけど違ったのか。
あまりにも霜介の才能開花がスピーディーすぎて笑
なにも賞を受賞できなくても、生命を見つめて水墨画と向き合うなかで「生きる」目的や、自分の在り方を見つけました―
っていうのがゴールでもよかったのではと思ってしまいました。
水墨画を知らなくても伝わる質感
作者の砥上さんも水墨画を描く方。
それだけあって、画を描くシーンはリアルでとても綺麗でした。
本作の魅力は、筆や呼吸、手の動きがリアルに伝わってくる描写にあると思っています。
それはもう目の前で描かれているのをみているかのように。
今、どんなふうに筆をおいて、墨がどんなふうに紙の上で広がっているのか、それは水墨画を知らなくても十分に伝わるほど。
払い、止めのほか、筆圧だけでなく、筆を動かす速度。
ひと筆で描く腕の動き。
墨のすり方。
墨だけで生命のみずみずしさを表現することの奥深さを知れました。
まとめ
辛口レビューになった気もしますが、読み終えたあとの清々しさは、まさに青春小説そのものでした。
水墨画の美しさをそのまま言葉にのせられる表現力にも感動しましたし、
映像化されるとさらにその良さがきっと活きると思います。
横浜流星主演なのも、また本作の雰囲気に非常に合っていて楽しみですね。
