「正欲」朝井リョウ|あらすじ&レビュー|それは決して魔法の言葉ではない

「多様性」という言葉が今や多く用いられるようになりました。

―みんな違ってみんないい。

有名な詩の一節にもありますよね。

肌の色や目の色、使っている言葉や信仰している宗教、住んでいる場所で人を区別してはいけません。

そういう意味を示しているのでしょう。

最近でいうと、LGBTQをはじめとしたセクシュアリティや、家族のありかたについて多く「多様性」を掲げられるようになりました。

あなたはそんな多様性についてどう思いますか。

私は、率直に言うと「どうでもいい」です。

ずっとそう思っていました。

興味がありません。

他人がどういう性別かとか、ましてやどんな性的嗜好なんかまで興味ありません。

家庭内事情なんてそんなもの知ろうとも思いません。

どうでもいいなんて言うと「そういう関心のない人がいるからいつまでも多様性社会にならない」と叱責を受けそうですがそれは違います。

様々な人がいるのは認識していますし、好奇心をはらんだ興味関心はないということです。

それだけではだめなのでしょうか。

興味ないという私ですら、世間一般のいう「多様性」には多少違和感を抱いていました。

それがこの「正欲」を手に取ってスッと府に落ちた気がします。

と同時に、先ほど言った私の「多様性」に対する「認識」がまだまだ甘かったのだと、ガツンと殴られた気にもなりました。

そんな「正欲」|朝井リョウ をご紹介したいと思います。

2023年映画化 「正欲」|朝井リョウ

はじめに

作者の朝井リョウ氏はこうコメントしています。

言葉にすることは線を引くということです。

明確に名付けがたい感情や現象に無理やり輪郭を与えてしまうのが、言葉です。

―Music Voice 記事より

線引きすると一気に現実的になるというか、残酷的になるというかそういうことってありませんか。

「正欲」朝井リョウ|あらすじ&内容

登場人物

「正欲」にはいくつかの登場人物がいて、それぞれのストーリーがひとつの事件に関わっていきます。

一見、全然関係のなさそうな人物たちが、ストーリーが展開するにつれてどのように絡んでくるのかが見どころです。

◆寺井一家

・寺井啓喜…検事。引きこもりの息子、泰希との関わりに悩む。

・由美…啓喜の妻。専業主婦。

・泰希…小学校4年生のひとり息子。不登校だったが友人が出来たのを機にYouTube活動を始める。

◆神戸八重子…金沢八景大学1年生。学祭実行委員。

ダンススクール「スペード」のメンバーである諸橋大也に、ほかの人とは違うものを感じ、興味を抱く。

◆諸橋大也…金沢八景大学1年生。

神戸八重子と同じゼミ。

◆桐生夏月…ショッピングモールの寝具店の販売員。佐々木佳道とはある共通の思い出があり、同窓会で彼と再会する。

◆佐々木佳道…桐生夏月の同級生。大手食品会社で商品開発に携わっている。

◆SATORU FUJIWARA…2人組の小学生Youtuberにコメントをする謎の人物。

あらすじ

2019年某日、神奈川県警など7県警の合同捜査本部は、

大学3年生の諸橋大也、大手食品会社勤務の佐々木佳道らを含む3人を、

男児のわいせつ画像を撮影したなどの容疑で逮捕・送検したと発表した。

諸橋は黙秘を貫き、佐々木は容疑を否認してわけのわからない主張を繰り返している。

なぜ事件は起きたのか、事件の真相は?

2019年5月1日の事件発生までのカウントダウン方式で、複数のストーリーが動き出していく。

読み進めるにつれて、丸裸にされていく

ストーリー上の人物たちは、序盤はいろんな思考や気持ちをオブラートにつつんでいるような印象を受けます。

それがストーリーが進むにつれて、感情的になったり、声を荒げたり、素直な気持ちを言ったりする場面が増えてくるのです。

読んでいるこちらも、「腑に落ちていなかった部分」が次第にはっきりしてきます。

何に納得していなかったのか、何に違和感があったのかが余分なものが削ぎ落されたことによって丸裸になります。

自分自身が持っていた「多様性」の意味、想像の範疇がいとも簡単に打ち砕かれてしまうのです。

この世で他人に「ほっといてもらう」には

私は他人に対して「ほっといてほしい」と思う時があります。

別にいいじゃん、私の自由なんだからと。

パーソナルなエリアに土足で踏み込んでくる人は一定多数いるものです。

そういう経験の中で、この文面には非常に共感を抱きました。

社会というものは、人をほっといてくれません。

特に組織の中で働いていると、本当にそう感じます。

人は詮索が大好きです。

生まれ持ったもので人間をジャッジしてはいけないと言いつつ、生まれてからその人が手に入れたもの情報を総動員しては、容赦なくその人をジャッジしていきます。

―「正欲」朝井リョウ|p7 新潮社

これは本文冒頭から始まる、桐生夏月の言葉です。

詮索から逃れる術について、その続きがあります。

それは、社会からほっとかれるためには社会の一員になることが最も手っ取り早いということです。

(中略)

社会の一員になることはつまり、この世界が設定している大きなゴールに辿り着く流れに乗るということです。

―「正欲」朝井リョウ|p7 新潮社

やや抽象的ですが、これはどんな場面にでも当てはまるのかもしれません。

さまざまな人間関係の中で、共感できなくても同調することで不要な詮索を防ぐ場面は少なからずあるのではないでしょうか。

想像力のなさを突き付けられる

想像力ってなんでしょうか。

頼んでもいないのに自身の悩みを打ち明けて、距離を詰めてこようとする神戸八重子に、諸橋大也はこう思います。

マイノリティを利用するだけ利用したドラマでこれが多様性だとか令和だとか盛り上がれるようなおめでたい人生じゃない。

お前が安易に寄り添おうとしているのは、想像もしていない輪郭だ。

自分の想像力の及ばなさを自覚していない狭い狭い視野による公式で、誰かの苦しみを解き明かそうとするな。

―「正欲」朝井リョウ|p299-300 新潮社

「輪郭」というワードは、著者の朝井リョウ氏がインタビューでも発していた言葉ですね。

以前、こんなことがありました。

「結婚してるってだけで勝ち組じゃないですか。私は結婚してないだけで、もう恥ずかしくて。

人生終わったなって感じです。子供産むのも、30までに産まないとヤバくないですか」

そう初対面の人に言われたことがあります。

だれがなにをどう思おうと自由です。思想の自由ってありますしね。

でもそれを素性もよく知らない初対面の人間にぶつけるのってどうなんでしょうか。

親しい間柄で、同じ意見を持ったもの同士で分かち合うんでは満足できないんでしょうか。

私がもし、独身だったら彼女の発した言葉をどう受け取るでしょうか。

そして実際、子どものいない私ですが、30までに産まないとヤバいとは思いません。

想像力ってそういうことなのかなと思います。

所詮、たった1人の人間が考えることなんて限界があるもんです。

自分が見てきたものだけが社会だと、世界だとそう思うのは傲慢なのかもしれません。

「正欲」朝井リョウ|評価&感想

本文p363から事件の容疑者である佐々木佳道の妻が、検事寺井と会話をします。

淡々と冷静に、でもたたみかけるように寺井へ発せらる妻の言葉にはハッとさせられました。

そして神戸八重子への諸橋大也の言葉。

言葉にできるような単純な理屈ではない世界がある。

自分の知らなかった世界がある。

それを知ることができる1冊です。

読んでよかったといえば稚拙な感想ですが、朝井リョウの本は毎回読んで後悔はしたことがないです。

ぜひ読んで見てください。

2023年映画化 「正欲」|朝井リョウ